体験記② ゆっちゃんの場合

パパの趣味だった写真を見る
限り、ごくごく普通の家庭で
パパとママが23歳の時に結婚24歳で私が産まれてきたことが記されていた。
若くして、結婚出産を経験した 両親は私のためと父方の家族と同居するために新築の家を建て
一階にパパの兄妹、パパの両親
パパの祖母が住んでいた。
ママは、家庭料理にこだわり
私は買ってきたお菓子など口にしたことがなかった。
全て手作りで特にアップルパイはうろ覚えだが生地から作っていたと思う。 
日曜日はパパが早くに仕事から
帰ってきて、ママがパパに
「あなたぁ~ゆっちゃんと
お風呂に入ってぇ~
今日は手巻き寿司を用意してるから~!」と、話し声を鮮明に記憶している。
産まれてから一度も切ったことがなく腰まであった私の髪の毛をシャンプーの泡で遊びながら器用に洗ってくれたのが幸せな一時だった。
そうして、夫婦は自分達の人生を順風満帆に過ごしている。と思っていた。
ママは、身体が弱く長期入院の時私はママの姉(看護師の叔母)にお世話になることもあった。
奇跡的に助かったが、本来なら助からない命だった。
叔母の家には年の近い従兄弟がいて、本当の兄妹のようだった
お兄ちゃんは2歳年上で私と
同い年の弟もいたが、女の子が私だけだったので溺愛された。
パパは23歳で会社の役職に
ついて、人がいう理想の人生を
いっきにのぼりつめた。
そして、少しづつ精神分裂病の病がパパを蝕んでいった。

小学2年生の頃いよいよパパの様子がおかしくなり
「ゆっちゃんは卑弥呼の生まれ変わり」とか夜中ピアノで「猫ふんじゃった」を繰り返し演奏したり、タンスを倒してめちゃくちゃにした姿を記憶している。
【精神分裂病】
現代
【統合失調症】
だった。
私にとってパパは今でもパパで
早稲田高校を中退して暴走族に入って、好きな子ができたからと夜間の高校を卒業した。自慢のイケメンパパだ。
後に記述しようと思うが学歴をいれたのは理由があるからだ。

ママはそんな賢いパパが病気になって悪戦苦闘した。
小学生のドリルを買ってみたり
とにかく色々試したが
「卑弥呼の生まれ変わり」発言
まで来たとき、
私が母に「ママ笑ってぇ。」の
一言で離婚を決めたそうだ。

暴れるパパから逃げるように
ママの実家に来た。
祖母と母の姉夫婦その子供達と一緒に生活が始まった。
だけど、私は以前のような活発な子供になることはなかった。
学校にいけば居候よばわりされ
だんだん不登校になった。
それを察してか、叔母達は実家を離れ生活するようになった。

それは、突然の出来事だった。
ママが彼氏ではなくパパを連れてきたのだ。ママからパパと呼んで!と、促されて呼べなかったら、その男から首をしめられた。
家出を考えて自転車に乗ろうとした瞬間鼻血が大量にでたのを覚えている。
パパと呼べない変わりに
父ちゃんと、呼ぶことになった。
そうして、母がいうこぶつき
生活が始まった。
母が丸井の食堂で出会った人で
食堂の店長さんと結婚した。
母は2度目の結婚式を盛大に
行った。
私は面白くなかった。
学校には行かず祖母の家で
編み物を教わったり
縫い物を教わったりした。
洋裁学校卒業の祖母にとって
私のセーターやスカートの綻びを直すのは簡単なことだった。
祖母は本当に優しい人だった。


そんなこんなで、私達家族も
結婚生活をするため
実家をあとにしてアパートでの
奇妙な結婚生活が始まった。
食堂の店長をしていた
父ちゃんの作る料理はやっぱり美味しくて、素人のママとは
比べ物にならなかった。
お正月のおせち料理と一緒に
だされたローストビーフは
本当に最高だった。
そうして、いつでも冷蔵庫には色々な食材が入っていて
それを物色して自分のご飯や
おやつ作りをするのが私の趣味だった。
ママははじめの頃ランドセルを外に投げつけて、
学校行きなさい。と、頑張っていたが、寝たふりをしたり腹痛を訴えたりして、私も試行錯誤で頑張った。

中学生になった。
環境が変わった。
馴染めるかもっ。と期待した。
自己紹介で「左耳が聞こえません。右からお願いします。」と
先生から言われた通りに発表した。そして、その日のプリントで耳が聞こえないけどよろしくと先生が書いたものが配られた
最悪!最低!
けれど、学校には通学していた
通学できなくなったのは先生が
短期留学してからだ。
そして、はじまった、いじめ
学年全体からいじめられた。
はじめの頃、やっぱり学校行きなさい。と、ママから言われていけない。と会話するくらいで
いじめのことは言わなかった。
明るみになったのは
アパートの窓に石を投げつけてきたからだ。
命の危険を感じて仕事中のママに泣きながら電話した。
それから、ママは何もいわなくなった。
家にいるなら、洗濯物くらいしておいてょ。とか、食べたものは洗っておいて…とか、
当たり前のことを言っていた。
今思えばだけど…
せきせいいんこと
おかめいんこ
が、唯一の友達で口真似をして
お話ししてくれるから楽しくて沢山話しかけた
趣味の料理といんことテレビ
以外の時間はしんどくて起きていられなかった。

ある日から
父ちゃんが、家に帰って来なくなった。

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