小学2年生の頃いよいよパパの様子がおかしくなり
「ゆっちゃんは卑弥呼の生まれ変わり」とか夜中ピアノで「猫ふんじゃった」を繰り返し演奏したり、タンスを倒してめちゃくちゃにした姿を記憶している。
【精神分裂病】
現代
【統合失調症】
だった。
私にとってパパは今でもパパで
早稲田高校を中退して暴走族に入って、好きな子ができたからと夜間の高校を卒業した。自慢のイケメンパパだ。
後に記述しようと思うが学歴をいれたのは理由があるからだ。

ママはそんな賢いパパが病気になって悪戦苦闘した。
小学生のドリルを買ってみたり
とにかく色々試したが
「卑弥呼の生まれ変わり」発言
まで来たとき、
私が母に「ママ笑ってぇ。」の
一言で離婚を決めたそうだ。

パパの趣味だった写真を見る
限り、ごくごく普通の家庭で
パパとママが23歳の時に結婚24歳で私が産まれてきたことが記されていた。
若くして、結婚出産を経験した 両親は私のためと父方の家族と同居するために新築の家を建て
一階にパパの兄妹、パパの両親
パパの祖母が住んでいた。
ママは、家庭料理にこだわり
私は買ってきたお菓子など口にしたことがなかった。
全て手作りで特にアップルパイはうろ覚えだが生地から作っていたと思う。 
日曜日はパパが早くに仕事から
帰ってきて、ママがパパに
「あなたぁ~ゆっちゃんと
お風呂に入ってぇ~
今日は手巻き寿司を用意してるから~!」と、話し声を鮮明に記憶している。
産まれてから一度も切ったことがなく腰まであった私の髪の毛をシャンプーの泡で遊びながら器用に洗ってくれたのが幸せな一時だった。
そうして、夫婦は自分達の人生を順風満帆に過ごしている。と思っていた。
ママは、身体が弱く長期入院の時私はママの姉(看護師の叔母)にお世話になることもあった。
奇跡的に助かったが、本来なら助からない命だった。
叔母の家には年の近い従兄弟がいて、本当の兄妹のようだった
お兄ちゃんは2歳年上で私と
同い年の弟もいたが、女の子が私だけだったので溺愛された。
パパは23歳で会社の役職に
ついて、人がいう理想の人生を
いっきにのぼりつめた。
そして、少しづつ精神分裂病の病がパパを蝕んでいった。

10代
一般家庭で、育ちましたが、父の転職、自営業の倒産、でした、が、経済的にも、貧しかったのですが、なんとか、生き延びてきました、母のパートの収入で。
妹は、出来が良かったので、常に、親の目は、私に向けられ、一人っ子のように、わがままに育ちました。高校入試も、家庭教師をつけるくらい馬鹿でした。
人間関係は、妹のようにして、みんなの見染められながら、味噌っかすのように、お目に見られながら、生きてきて、人格障害でした。要するに「いじめられっ子」。でも、親は、プライドが高く、また、めんどくさがりで、おかしな私を、ほっておかれました。親に「学校へ行きたくない」といっても、「そんなことでどうする!大人になるともっと大きな問題に、ぶつかるんだぞ!頑張れ!」で、済まされてしまいましたが、私も、歯を食いしばって、頑張って、人前では、泣いたりもしましたが、生きてきました。
19歳か、18歳の時に、意を決して、自分から、独りで、精神科を、訪問、受診して、知能検査も受けて、ギリギリのところで、受かってしまい、統合失調症独特の、「被害妄想」で、そこの病院を、勝手に辞めてしまい、以後、いろんなところを転々とする。

20代
初めての就職でしたが、人間関係や、、仕事がうまくいかず、4つ正社員で転職、以後、色々と、転職アルバイトを、繰り返しました。クリスチャンの勉強したり、礼拝に参加したり、
着付け教室に家庭訪問で習ったり、習い事をしたり、独り暮らしの真似事をしてみたり、資格を取ったり、しましたが、基本、引きこもりでした。精神科に入院もしました。家の中で、日記書いて、おしゃれして、食っちゃねして、テレビ映画ばかり見ていました。1日中寝てばかりいました。だるいのです。かったるいのです。つらいのです。20代のころに、3,4回くらい自殺未遂しました。

30代
27歳の時に、グループホームに入り、やはり人間関係に耐えられず、寂しくて、4か月だっけかな?ですぐに帰ってきてしまいました。30歳の時に、工房風のリボンに入所して、以後、15年くらい通いました。最初のころは、不真面目でしたが、段々作業所が楽しくなってきて、毎日通うようになりましたが、友達を作ろうとしませんでした。やまぶき会に入ったのが、先です。ソーシャルクラブにも15年通いました。風のリボンから移行された「風のオアシスサロン」にも、現在でも、通っています。

40代
38歳の時に、飼っていた犬が死んで、また、急に友達のいなさを、寂しく思い、慌てて、友達を作り始めました。45歳くらいから、男友達の影響で、ノートパソコンを買い、勉強し始めました。やまぶき会のパソコン教室にもだいぶお世話になりました。当事者会にも、積極的に行き始めました。
職業訓練校のパソコン講座にも、障碍者枠で3か月間、通い続けました。修了証明書をもらいました。今の精神病院、埼玉医大毛呂病院「丸木記念メディカルセンター病院」に落ち着きました。

50代
ずっと反抗期だった心が、溶けて、これじゃいけない、と悟りを開いて、急に、親を大切にしました。そのころには、もう、父は、パーキンソン症候群で、車の運転を辞めてから、急に動けなくなり、食欲もなくなり、やせ細り、誤嚥性肺炎と、栄養失調で、歯も入れ歯が、治せず、入院、病院のベッドで、亡くなりました。私が、55歳のときです。
自分で、パソコンで、就労移行支援事業所と、B型作業所、しかも、在宅ワークリモートワークのパソコンの、データ入力の、仕事で、いまのB型作業所を見つけて、入り、市役所に、お世話になり、現在に至ります。

将来の夢は、在宅ワークテレワークノートパソコンの仕事で、事務補助や、データ入力で、障碍者雇用枠で、アルバイトで稼いで、障碍者年金と両方もらって、生計を、立てたいと思います。もしくは、両足のひざの手術をして、足を治して、動けるようになったら、皿洗いでも、掃除婦でも、お弁当屋の手伝いでもやって、生計を立てて、彼氏と、親友たちと、家族と、心を、潤しながら、遊んでお茶飲んで、暮らしたいです。でも、今は、壮年期から初老期へ。病院通いで、精一杯の日々。精神的にも、体力的にも、金銭的にも。でも頑張ってます。





ペンネーム「サリイの願い事」より。
コメントの記入の仕方がわからないので、ここに書きます、
統合失調症は、脳の病気だとも思うのですが、でも、私は、脳の、検査をしたのですが、異常なしでした。私知的障碍者C級も持っています。かなりのバカだと思うのですが、MRIでも、CTスキャンでも、異常なしでした。電波で、脳波を調べるの?は、まだやっていませんが、多分異常なしだと思います。ということは、これは、心の病気なんですね。💦
でも、病気なんです。苦しいんです。つらいのです。対人恐怖症なんです。自閉症なんです。心の病気だから、「甘えてる」とか、「甘い」で済むのならば、とっくのとうに、解決している。。。というか、もう。こんな年齢で、56才、だから、諦めて、悟りを開きましたが、でも、だめなものはダメなんです。。。。空気読めずに、自分も、周りも、馬鹿観ちゃって、迷惑かけちゃうんです。。。
精神科にい行くのは、自分がつらくて、助かりたいからなんです。そう、「甘え」かもしれないけど、「助かりたい」心を、甘えというのならば、世の中みんな甘えですよ。
皆さん、統合失調症、世渡り下手、を、「ただの甘え」でごまかさないでください。統合失調症だって、馬鹿だって、人権があるんです。生きていれば、きっと、世の中の、役にたつことだって、いっぱいあります。統合失調症を、精神障害者を、見捨てないでくださいね。🌻

どんな病気?

「統合失調症」とは考えや気持ち、行動などが
まとまらなくなってしまう状態が続く精神疾患で、
むかしは精神分裂病とも呼ばれていました。

世界では100人にひとりがかかる病気と言われ、
けっして珍しい病気ではありません。

脳の機能障害だと言われていますが、
原因はまだはっきりしていません。



どんな症状があるの?

大きく分けて、3つの症状に分けられます。

・陽性症状   妄想、幻覚などが出、思考が混乱して
        考え方や行動に一貫性が
        なくなったりします。
        スムーズな会話が難しくなります。
        不安が増したり眠れなくなったりする
        人もいます。

・陰性症状   感情が鈍磨し、平たんになります。
        なにをするにも非常に疲れます。
        疲れるので意欲も減退し、
        自分の殻にとじこもる人もいます。

・認知機能障害 記憶力や注意力、集中力にかけ、
        判断するのに時間がかかります。
        長い文章を読むのが苦手になったり、
        マルチタスクをこなすのが
        たいへんになります。
        

病気はどんな経過をたどるの?

上記みっつの症状がいっぺんに訪れるわけではありません。

まず不眠や焦りなどの前兆が現れた後、
陽性症状が激しく出る急性期が現れます。

急性期をすぎると疲労困憊してしまい、
陰性症状が強くでる消耗期を迎えます。

陰性症状、陽性症状の期間は人それぞれで
長く続く人もいれば短い人もいます。

それぞれの期を乗り越えたあとには、
回復期がまっています。
この回復期にリハビリや体力回復をし、
社会復帰へとつなげる人もたくさんいます。





今回は、基本的な病気のご紹介でした。
統合失調症は、人によって差異がおおきく、
ほかにもいろいろ併せ持つ方もいらっしゃいます。

わたしはこんな症状があるよ、という共感。
みんなとは違う症状があるよ、という自己表現。

当事者会ではそんな話も
できるようになればいいなぁと考えています。

文責:みき

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