そんなこんなで、私達家族も
結婚生活をするため
実家をあとにしてアパートでの
奇妙な結婚生活が始まった。
食堂の店長をしていた
父ちゃんの作る料理はやっぱり美味しくて、素人のママとは
比べ物にならなかった。
お正月のおせち料理と一緒に
だされたローストビーフは
本当に最高だった。
そうして、いつでも冷蔵庫には色々な食材が入っていて
それを物色して自分のご飯や
おやつ作りをするのが私の趣味だった。
ママははじめの頃ランドセルを外に投げつけて、
学校行きなさい。と、頑張っていたが、寝たふりをしたり腹痛を訴えたりして、私も試行錯誤で頑張った。

暴れるパパから逃げるように
ママの実家に来た。
祖母と母の姉夫婦その子供達と一緒に生活が始まった。
だけど、私は以前のような活発な子供になることはなかった。
学校にいけば居候よばわりされ
だんだん不登校になった。
それを察してか、叔母達は実家を離れ生活するようになった。

それは、突然の出来事だった。
ママが彼氏ではなくパパを連れてきたのだ。ママからパパと呼んで!と、促されて呼べなかったら、その男から首をしめられた。
家出を考えて自転車に乗ろうとした瞬間鼻血が大量にでたのを覚えている。
パパと呼べない変わりに
父ちゃんと、呼ぶことになった。
そうして、母がいうこぶつき
生活が始まった。
母が丸井の食堂で出会った人で
食堂の店長さんと結婚した。
母は2度目の結婚式を盛大に
行った。
私は面白くなかった。
学校には行かず祖母の家で
編み物を教わったり
縫い物を教わったりした。
洋裁学校卒業の祖母にとって
私のセーターやスカートの綻びを直すのは簡単なことだった。
祖母は本当に優しい人だった。


忘れたくない言葉 気持ち
心が折れそうになる
太陽は毎日くる
眠れなくても私は笑って 君も一緒に

心を守り抜くためには
必要なことで休んでいいよ
悪いことはしてない大丈夫

消えない気持ち これから描く気持ち
過去や未来を考える日々リピート
そんなのしたって関係ないよ

プラスに捉えてみたよ
自分のために全ては頑張る
あなたがいるから頑張ることもできる

心を穏やかに
心をとまらせて

大好きな環境
大好きな人たちのために


今日の少ない会話と私の行動の中に、
それを窺わせる何かがあったのだろう。

先生の目にはそれが見えていたんだろうか。
先生はそんな嘘をついたり
テキトウに病名を口に出すような人ではない。

そう思える位には、
わたしは先生を信頼している。
短めのフリーズから開放されると、
いろいろなことが頭を駆け巡る。

次第に、凄い恐怖がおなかの底から湧いてきた。

私、自分で気づかないだけで、
いろいろヘンなことやらかしてるんだろうか。

ぐるぐる考えても答えが出るはずもない。
わかってはいるが、考えずにいられなかった。

誤魔化すのはやめよう。

私は、私の中にあるネットなどでよく聞く
「統合失調症」というものと、
目の前につきつけられた「統合失調症」が
同じものであると認めたくないのだ。

今まで意識もしてこなかったが、
私の中には精神障害に対して、
少なからず偏見があった(ある)のだと思う。

私が? 誤診じゃないの?

そんな気持ちが今も渦巻いている。
結局、心の中の衝撃や疑問は
何一つ出せないまま、
くすりの作用と複作用の説明をうけ、
イヤな電車に乗って家路についた。


どうしよう。
どうすればいいんだろう。
途方にくれるって、こんな時を言うんだろうな。

なんてアホな現実逃避をしつつ、
渡された薬を出してみる。

おくすり手帳の説明には、
不安をやわらげるお薬です、と書いてある。


家でぐったりしつつ考えた結果。

言われた病名は信じられないけど、
先生を信頼してみることにした。

もし、間違いだったら、
あの先生はちゃんと言ってくれると思う。

間違いでなかったら、
このクスリで私はよくなるはずだ。
うん、悪いことはない。
もやもやするけど、
全部白と黒に分けてしまうことはない。

今すぐ、認めたくないことを認めることはない。

この疑問もまた次の受診日に
伝えてみればいいだけだ。

生き方はAll or Nothingだけでないと
気づいたのは、長いひきこもり期間で得た
唯一私の糧なのだから、
今活用しないでどうする。

不信がつのってどうしようもなくなったら、
残念だが止めればいい。
それまでは先生をちゃんと信じよう。


明日から、患者生活か~。
新米患者。ルーキー患者。
まずは統合失調症をぐぐってみようかな。
統合失調症の知識なんて
名前と漠然としたイメージしか持ってないしね。



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20年前、診断を受けた時期から書き始めていたブログを再録していきます。
ゆっくりゆっくりステップを踏んで、統合失調症とつきあってきたわたしの歴史です。
のんびり書いていきますのでお付き合いいただければ幸いです。

みき

***



ひきこもっていた日々から、5年ぶりの受診。軽い興奮と極度の緊張で、
意味なくポロポロ泣きながら受けた
カウンセリングの最中のこと。
さらりと告げられた先生の言葉は、
実に強烈だった。


「ウツや性格的なものじゃなくて、
統合失調症かなあ…
おくすり、変えてみましょうか?」


え? は? えええええ!?!?!?
いやいやいやいや。ちょっと待とうか、先生。


クスリかえるのはいいけど…。
それよりもその前。ワンモアプリーズ。
…ウツじゃなくて? 

予想外の事態に頭はフリーズしつつも、
めっっちゃくちゃ!気になるんですが! 

とうごうしっちょうしょう って、
あの幻覚見えたりする病気? 

…ってか私。
ウツか社会不安障害じゃなかったのか? 
前に受診したときは、
そう言われたはずなんだけど…。

統合失調症? 

固まった私の前で、先生の話は続いていたが、
正直ろくすっぽ耳に入ってこなかった。
「大丈夫? 
なにか今日言っておきたいことはある?」

私の様子に気づいたらしい先生が
(おそらく)説明を止めて聞いてくれたけど、
フリーズ中は、思考も言葉も回らない。

受診の前に言おうとしていたことも
全部吹っ飛んでしまって何も思いつかない。

「あ~…と、いいえ」と答えるのが精一杯だった。なぜか後ろめたくて目も合わせられないし。



おかしな話だが、
私は調子がすっごく良いときだけ
病院にいくことができる。

調子が悪いと、
対人恐怖と不安が強くなってしまって
自分の部屋~テリトリー~から
出られなくなってしまうからだ。

出られずに、あーでもない、こうでもないと
ウダウダ考えてしまった結果が、
8年間のひきこもりと言っても
過言ではないほど、どーしようもなく
ウダウダな性格なのである。

そのうえ、本来ぐーたらだったりするので、
やりたくないことはどんどん後回し、
優柔不断にぐるぐると考えるものだから、

「さあ出かけよう、病院にいこう」

と決めるまでに、1日2日、
実行に移すまでにヘタすると1週間から
1ヶ月という時間がかかってしまう。

そんな優柔不断体質な私が今、
こうして受診できているのは、
私は快方に向かっている(ハズ)という
思い込みがあったからなのだ。

少しずつ寝続ける時間が減り、
外出も以前よりはラクに出られるように
なっている。

自分が元気になってきていて、
そろそろバイトくらいなら出ても
大丈夫なんじゃないか…なんて
思いはじめてすらいたのである。

それなのに。
私の「元気な姿」を見て、「統合失調症の可能性」という診断がくだってしまった。

そのことにゾッとした。

続く

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