ママが言う免許取得したときが一番痩せていて、情熱的だった

そう。それくらい必死だった。

免許の為のローンを返すため
必死だったりもした。

ある日、ママがママのダーリンを連れて喫茶店にきた。
サンドウィッチとコーヒー
注文された商品を慎重に運び
軽く会釈した。

そう言えば、やすくんは消火器の塗装をする仕事だった。

母のダーリンなんてどうでも
良かった。ただ仕事をしてみないか?と、聞かれてママも
あなたならできる。と推された

その夜やすくんに仕事の相談をした
都内の量販店で朝から晩までの仕事で派遣なんだけど、一年間の契約で免許のローンを返す為なの。

別れた方がいいんじゃない?
休みも合わなくなるし。

と、言われ。

別れたくないけど。仕事はする
会えるときは会うし。
修行だと思って頑張るから!

何ムキになってるの?
冗談だょ。

やすくんは渋谷まで迎えにきてくれたりした。

その頃私達はバイクKHを入手したのでそれで迎えにきて高速道路を走る時の音は最高だった

祖父が入院した。
そんなに会ったことのない祖父
小さな広告代理店の社長だった
ママのお姉さんの旦那さんも
一緒に仕事をしていた
小さな会社はやがて大きなビルになった。
叔父は日産ニスモスカイライン
祖父はメルセデスベンツ
ママのお姉さんも四点式ベルトのマニュアル車に乗っていた。

いとこのおにいちゃんはカナダに留学、同い年は明治大学卒
親戚は村長さんや学校の先生

我が家以外は潤っていた。

祖父のところに(叔母が勤めていた病院)ママとダーリンが
お見舞いにきて結婚させて下さいとダーリンが言ったら叔母が

返品無用です。

と、言われ
やっと意味が分かった。と最近言っていた。

そう、ママはギャンブル依存症


 ↓ポチッと応援お願いします♡

にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ
にほんブログ村



恭明という名前らしい男性に ナンパされて、そーいうことをする中になった。
そーいうことだけの友達になるのは惨めすぎるから、懇願して彼氏になってもらった。
男気が強くて、女は三歩うしろを歩く。心の会話ができるようになって欲しい。
注文が多すぎて酸欠になりそう。
恭明 1946年3月3日生 AB型
年上の彼氏

その頃のバイトは市民会館の
喫茶店シャルムのウエイトレス
おば様達にちやほやされていた
昔から年配の方に好かれていた

恭明=やす君

同棲してたわけではないが
四六時中
彼の秘密兵器と一緒にいた。

そう、ハコスカと…

やすくんの運転に憧れて免許をとることにした。マニュアルで!

2人の秘密基地

ナンパされた時は新車のヤリスだった。(当時はヴィッツ)
普段はこの車で出掛けていたが特別なときは日産スカイライン
通称ハコスカでデートした。
教習所は面白かった。
一番面白かったのは同級生の いじめっこ達がオートマで教習しているのを横目にマニュアル車を難なく動かしていた時だ。

そして、ハコスカで迎えにきてくれた時嬉しかった。
18歳
免許って高卒じゃなくても取得できるんだ。

それで、ママはママで恋愛を
楽しんでいて家には1人きりになりたい時と、サボってあった
炊事洗濯をしてくれるために
帰ってきてくれていた。

無事に免許取得



 ↓ポチッと応援お願いします♡

にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ
にほんブログ村



母と並んで先生の前に座り、
冊子を見ながら「統合失調症」の説明を受ける。



・脳機能の障害であること
・陽性反応と陰性反応のこと
・前兆期→急性期→休息期→回復期を繰り返し、 
 進行するということ
・病気が進めば、作業効率が落ちる機能障害が
 残るかもしれないということ

それから、
・治る病気だということ
・家庭環境や育て方のせいで
 病気になったのではないこと
※2025.5注)環境ストレスも要因であるという説もありますが、私はこう説明を受けました。

などなど。


説明を聞く母の顔は見られなかった。
心の中は罪悪感でいっぱい。

だから、治る病気と聞いて母がホッとしたのか、
それとも残るかもしれない機能障害に
落ち込んだのかはわからない。

帰りに美味しいものを
食べていこうという母に付き合い、
食事をしたりおしゃべりをしたりしたのだが、
帰って家のトイレに入って一人になった途端、
私も我慢ができなくなった。

なんだか、逃げ道をふさがれてしまった気分だ。
ウツと診断された時は特に受けなかった衝撃が、
頭の上からザッパーンと振ってきた感じ。
声を押し殺してひとりで泣いた。


本当に、治るんだろうか?
再発しないんだろうか?
母や父や弟妹に、
この病気で迷惑かけたりしないだろうか。


いずれはと思っていた自活も、
さらに遠のいた気がする。

父や弟は、にっこり笑って
プラス思考でいれば大丈夫という
(精神病に対する知識がゼロに近い)。
そのしわ寄せはすべて母にかかってしまい、
今まで以上の苦労をかけてしまうかもしれない。

正直、きつかった。




けど、衝撃でグラグラになってる頭で考えても、
きっといい答えなんかでやしないよね。
しばらくはできることからやろう。

家族に安心してもらえて、自分も楽。
これが私の理想なんだから。

今はできないことは考えない。
いや考えちゃうけど、呪文みたいに唱えてれば
そのうち考えなくなるかもしれないし。

私は私のペースで。
できることから少しずつがんばろう。



 ↓ポチッと応援お願いします♡

にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ
にほんブログ村


ママとの関係は
ママは家に帰ってきたり
来なかったり
2LDKのマンション
1人でいると、広すぎた。

祖母の愛猫のミミがいた
ママの部家が寝床で老猫だった

インコ達は私が駆け落ちしてた間に死んでしまった。

私は裁ちばさみで自分の髪を
まるめた。

今の時代は多様化しているからOKだが珍しい目で見られた。
恥ずかしくなってロングの毛のカツラを買った。
そして、なにくわぬ顔で外国人の経営している飲み屋でオールしていた。

電車がないのでタクシーで帰ることに…
残金2000円で行けるとこまで行ってください。と、言っている間になぜか一緒に呑んでいた
1人が乗り込んできた。こっちはピンチで忙しいのに今の時代のようにスマホがない時代だ。
途中で降りてもらった。その後すぐに2000円で行けるところになった。土地勘のある場所で安心していた。

信号機で止まったときだった。
いかにも新車らしい車でナンパされた。

もし、よかったら家まで送りましょうか?

あと3分も歩けば家だったので
連絡先を交換して、ひとまず
家に帰った。

シャワーを浴びてメイクをして
おしゃれをしてカツラをつけて完璧だ。

恭明 山梨県から引っ越ししてきたばかりで友達募集中


 ↓ポチッと応援お願いします♡

にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ
にほんブログ村


統合失調症と診断されてから、2度目の通院。


病院の予約が午前中しか取れなくて微妙に凹み。
今の私には、ラッシュでぎゅうぎゅう、
周りに人がいっぱいいる電車は少々ハードルが高い。


仕方ないので母に頼んで付き添ってもらうことにした。
母もいい加減年だし、
「いい年こいて(当時30代)、
ママに頼ってなにやってんだー!」って
罪悪感がじくじくと湧きあがってくる。
くるのだが…。

電車に耐え切れなかったらどうしようとか、
遅刻してしまったらいう不安のほうが大きくて、
甘えることにした。

他に手段がないなら諦めるしかない。
たぶん、母もごめんねと言われるより
ありがとうと言ったほうが
気持ちはいいんじゃないかと想像してみる。

うーん…なんて自分勝手。ごめんね。
ここでこっそり謝っておこう。





「おくすりの調子はどう?」

今日もしっかりクスリは飲んだので、
先生の前でも以前のように震えだしたり
意味なく涙が出たりはしない。

手帳に書き止めておいた副作用の症状を
なるべくゆっくりどもらないように話す。

先生は、いくらどもっても話をさえぎったりしないし、
こちらが言葉に詰まればさらりと補って促してくれる。

今までにハシゴした医者とは違って、
とてもラクに話すことができる。

本当にありがたい。
つたないながらもなんとか各症状を訴えることができた。

ソワソワ、ウロウロなど
いくつかのおかしな症状のことを話すと、
やはり副作用だろうということだった。



先生の説明では、

エビリファイは新薬で、
脳内の情報伝達系の混乱を改善するもの。

従来の薬のようにドーパミンを
全遮断するわけではなく、
網目のように適度な調節をしてくれるクスリなのだという。

陰性、陽性どちらにも効果があるらしい。

ソワソワや不眠が出にくい薬らしいのだが、
私はバッチリ出てしまったため、
副作用止めのクスリを増やすことにした。

2、3の飲み合わせを検討した結果、
2種を併用して様子見をしてみることになった。

…副作用止めのクスリに副作用が出たらどうするんだろう。
副作用止めの副作用止めとか、出るんだろうか?(笑)



なんてアホウなことを考えていられたのはここまで。

この後の母を交えたインフォームドコンセントは、ちびっと辛かった…。

続く



 ↓ポチッと応援お願いします♡

にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ
にほんブログ村

↑このページのトップヘ