あの日何が悪かったのだろう
その日は幕張メッセの仕事で
マヨネーズの宣伝を頼まれた

3/14 仕事が終わればやすくんに会える。楽しみにしていた

メッセではクスクスという料理を覚えた。
なんでも新しいものが好きなのは祖父ゆずり

もうすぐで休憩 なんて考えていた。
携帯が鳴っている
いつもならとらないんだけれどなんか嫌な予感がした。

電話の相手は元の会社の人

もう知ってる?

何を?

恭明さん亡くなったのよ。

えっ?

泣き崩れた。ホントかどうか
やすくんの携帯に電話した。
出ない。

仕事なんてしてられない。
とにかく確認しなきゃ。

家に電話した。
やっと出たのは知らない男性
やすくんに代わってください
連呼した
ようやく真相が分かった。
今、警察で司法解剖している。

仕事の上司に事情を話し早退
した。
帰りの電車の中でもすすりなき
ママに電話して事情を話し
迎えに来てもらったがどこをどう帰ったのか記憶にない。

気がついたらやすくんの家で
お母様と抱きついていた。
しばらくして棺に入った
やすくんが帰ってきた。

葬儀会社の方達から処理をするので2階にいらしてください。

祖母の処理もみているのでここにいさせてください。

やりとりしたがお母様に促され2階の初めて入るやすくんの
部屋で待つことにした。
やすくんが亡くなっていた部屋はまだ、温もりがありそうで
不思議だった。
しばらくして処理が終わり…
対面

棺は、顔の部分だけ開けられて触れないようになっていた。

何度も確認していたらお母様
から、そんなに確認しても
生き返らないよ。とのことで
顔の扉を閉めた。

お母様に許可を得て、一緒の
部屋で親戚の方も含めて雑魚寝疲れて横になり記憶にない。

次の日火葬が行われた。

やっと会えた。
最後の時間、フタがとられ
お母様がいるとなりで
冷たい唇にキスした。

そして、火葬

それはそれは真っ白な雪の様な

遺骨

斎場の人が焦っていた

何をそんなに焦るのか…

スミマセン
探してみたのですが見つからず
喉仏がないので遺骨を手で救っ
てあげてください。
一瞬どよめいた

そして、どうぞ
と、声がかかり
戸惑いもなく手で救った温かい
軽くて…綺麗 
声がかかるまで救っては骨壺へ
を繰り返した。
終わってから

ママからビンタされた。
しっかりしなさい。
と…

何かしたっけ?
それより、手をしばらく洗いたくない。

やすくんは無呼吸症候群で
亡くなった。
痩せていてそんな風に見えない

やすくんとは、1ヶ月別れた
時もあったが、よりを戻したいと連絡があり、また一緒にいた





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やすくんと24時間一緒の生活は一年間でピリオドを迎えた

仕事は短期の派遣
土日祝曜日だけの仕事をした
派遣=ダーチンの仕事で今思うとお金になんて何も困ってない
ということ。
ママに騙されていたようだ。
40代の今になって知らされた
祖父の遺産の金額目が飛び出しそうになった。

ダーチンとママの約束で
ギャンブルをしたら浮気する

という約束をママは破って
行ったこと、言わないでね。
と言って何も知らない私と口裏を合わせては行っていた。

やすくんはチョコが苦手で
バレンタインデーには
手作りのパンを渡していた。

お弁当を作って夜に会うこともあり、手作りの炒飯や焼売餃子ありとあらゆる料理をしていた大根が食べられないと聞けば
わざとカレーにいれてみたり

やすくんとは長く付き合っていたが
やすくんが家に入ったのは
たった3回

病気の看病
デンタルビデオの鑑賞
窓枠の塗装

後は車の中で会っていた。

幸福な時代だった。


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成人式が近づいていた。
ママから成人式どうする?と
聞かれたが、同級生に会うのは嫌だったので断った。
それにうちにそんなお金ないし
と、言った
それを知ったダーチンは娘のがあるから着ておいた方がいい。
との話しで、急遽振り袖を着ることになった。
振り袖を着て、ランチを食べて夜は、やすくんやダーチンの
家族と一緒にサプライズな宴会をしてもらった。

会が終わって、家まで送る。と
やすくんが言ってくれたので
駐車場まで着いたとき一番の
サプライズが待っていた。
ハコスカで来てくれていたのだ
嬉しかった。

その頃やすくんのお母様と
一緒に2人で日帰りバス旅行へ
よく出掛けていた。
本当にさっぱりした人柄で料理も得意でクルミそばやそうめんをよく御馳走になった。

うちに入ったら遠慮なく
手伝ってもらうよ。

やすくんのお母様はできた人間
だった。

そして、その日が近づいてきた。
派遣の終了日

延長なんてしない。
だってローンも返したし
やすくんと一緒にいたいし。

家電量販店を後にした。

やすくんからは、履歴書書いてって指示された。
面接はなく合格だから明日から来てくれとのこと。

塗装会社の養生のバイトだ。
やすくんから最低賃金を教えてやるよ。と、言われ ?
さいていちんぎん?
そうなのだ。この一年30万円程のお給料で生活していたから
最低賃金なんて馴染みがない。

24時間やすくんと一緒の生活

やすくんは結婚もしていないのに嫁さん扱いするするので
会社の事務の人から
そんな言い方は結婚してからにしなさい。と叱られてることもあった。
内心ホントだよ。って思うこともあった。


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母と正式に告知を受けたあと、
父と弟にもそれぞれ報告をした。




二人の第一声は

「なにそれ」

さすが親子である(笑)



父などは
「にっこり明るく笑ってれば
イヤな気分なんて吹き飛ぶから」
などと明後日の慰めをくれたが…
(精神疾患に関する知識がゼロなのだ)

病院が家族用にくれた冊子は
手にとってはもらえなかった。



父や弟に、働けるようになるまで
時間がかかりそうなことや、
脳の障がいであることは話したが、
どこまで伝わっているかはある意味カケ。

それでも、イヤな顔をせずに
私の説明に長々付き合ってくれたのだから、
感謝しないとバチがあたるだろう。

少なくとも、ロコツに
「恥ずかしいから家から出るな!」などと
言われないのは、私にとって救いのはずだ。



一方、母は

「理解してくれない人にまで
言うことはないから」

と連発していて、こちらが


「母は恥ずかしくて
近所に知られたくないのでは…」


とかんぐりかけてしまうほど。 
深呼吸をして聞きなおせば、
「余計な傷を受けることはない」という
意味なのだとわかったが。

私の調子が悪ければ、
確実にドつぼスパイラル一直線なきわどさだ(笑)



私にしても、まだ半信半疑で
実は誤診なんじゃないかとか、
具合の悪さや恐怖なんて全部気のせいで、
ナマケが続いていたのを
たまたま誤解されたんじゃないかとか、
受け入れられているとはとうてい言えない
状況なのである。

だから、当事者でない今の家族に
理解してくれと言っても、難しいだろう。
前途は少し厳しそうだが、
それでも、なるようになる。


今の私にできることは、

・クスリをきちんと飲むこと
・生活を改めて少しでも外出すること
・体力の低下を防ぐこと
・なりやすいという糖尿病の対策に体重を減らすこと

くらいかなあ…。

いっぺんに欲張ってもよくないから、
じっくりコトコトがんばろう。


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今度は結婚しないだろう。
もう、こりごりで彼氏なだけ
そう思っていた。

ママとママの彼氏は結婚した。

三度目は結婚式はなかった。

と…その前に正式に紹介しれた時、

いい子は悪い子
悪い子はいい子

と、母の彼氏にぼそっと言った
濃いめのメイク派手な服装強気だった。

ママに会ってくれないか?と
言われたとき、電子レンジを
投げつけてやった。

祖父の死 全てが変わった
遺産相続

そのお金でママとダーリンは
イタリアへ新婚旅行に行った

50万円 いただきパソコンに
投資した。

ママの旦那さんのことを
これからはダーチンと呼ぶことになった。
親しみやすかった。

ダーチンは、哲学的で365日
呑み屋さんに出かける人だった

1から自分で造ったと言う家はコンクリートでできていて
窓ガラスにステンドグラスが
施されていた。

パパと、呼ばなくていいことが
気楽だった。

まぁ。忙しくしていたからママのことなんてどーでも良かった
だって恋愛や仕事で忙しくしていたから。

3/14 ホワイトデー
やすくんは俺が私のパパになる
と言って、メッキのホンダの
バイクDAXをプレゼントして
くれた。


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